ピース綾部の美しいズレ漫談 オードリーのオールナイトニッポン 2/1
オードリーの代表作「ズレ漫才」は、かつてツッコミ役を担っていた春日のツッコミが間違いだらけだったことから着想を得て誕生している。ズレ漫才誕生のきっかけについて、オードリーの2人はかつてこう語った。
若林「俺が、エピソードトークをしているんですよ。『家に帰って、麦茶を飲んだんですよ』って話していたら、『そこは牛乳だろ!』って突っ込んだんです」
春日「なるほどね、春日の中では牛乳っていう常識があったんですよね」
(2010/10/16 オードリーのオールナイトニッポンより)
当時、若林のネタ帳に書かれていたズレ漫才の構造はこうだ。
若林=「常識」
春日=「自分は常識だと思ってるけど、傍から見たら非常識というツッコミを入れる」
春日の「ズレ」は決して作為的なものではない。それはツッコミだけではなく、売れてからもむつみ荘という風呂なしのアパートに住み続けたことだとか、ボディビルにフィンスイミング、東大受験やエアロビ、重量挙げなど様々なものに挑戦し続ける姿勢だとか、入籍直前にも関わらず女性を自宅に入れてフライデーされるだとか、様々なところで垣間見える。
その非常識を拾ってツッコミを入れる若林も、決して「常識人」ではないことは、オードリーをよく知る者なら明らかであろう。時に著書やラジオで語られるエピソードは常人のそれではない。特に、ブレイク以前の若林は、芸人としてなかなか芽が出ないことで焦りを感じ、人と違う尖ったネタをやらなければと考えの下、「アメフトの格好をして、ぶつかりあったまま追いかけあって、舞台の下に降りて行って、お客さんの出入りする扉から外に出て行って、恵比寿の路上でタックルして終わる」という、今では考えられないほど尖ったネタを作成していた。しかし若林は、ズレ漫才を行うにあたり、(少なくともM-1前後は)常識人を演じた。 *1
漫才中、それぞれが若林=「常識」、春日=「自分は常識だと思ってるけど、傍から見たら非常識というツッコミを入れる」という設定のコントを演じている。春日は自身の異常性を誇張するように、ピンクのベストを纏い、胸を張る。若林は自身のアウトサイダーぶりを隠すように、常識人としてのツッコミを繰り出しながらも、「本気で言ってたら何年も一緒に漫才やってねえよ」と、一瞬だけコントの設定から降り、素の異常性を垣間見させる(若林が本当に常識人であれば絶対にこんな漫才を春日と何年も続けることはないのである)。オードリーによる唯一無二のズレ漫才は、本人たちの人間性、つまり本当の部分を生かし、笑いに変えることによって構成されている。
【オードリーのオールナイトニッポン】お聴きいただきありがとうございました。
— オードリーのオールナイトニッポン (@annkw5tyb) 2020年2月1日
アメリカのマイアミから、ピースの綾部祐二さんこと、Mr. 綾部をゲストにお迎えしての放送でした。
《radikoタイムフリー》https://t.co/F0Ox87bL6N#annkw pic.twitter.com/ImYtbxXUhh
2月1日のオードリーのオールナイトニッポンは、マイアミで行われるスーパーボウル観戦、およびNFL倶楽部の収録のため、マイアミのホテルの一室から放送された。
ゲストで登場したのがオードリーと同期のピース・綾部だ。日本でのレギュラー番組をすべて降板しニューヨークに渡ったMr.綾部。2017年の10月に渡米し、アメリカでの滞在は3年目に突入した。トークの話題は自然と綾部のアメリカ生活に及ぶ。
若林「毎日、どんなことしてるの?」
綾部「どんなことっていうと、とりあえずアメリカを見ているよね。ずーっと。」
(以下、発言は 2020/2/1 オードリーのオールナイトニッポンより)
本人はこの2年を「アメリカを見ている」状態であると語る。観光客以上留学生未満の日々を2年も続けているのだという。しかも、未だに英語は話せない。
綾部「逆に聞くけどさ、2年いて普通に英語喋って生活しているのと、2年いて英語喋れないで普通に生活しているの、どっちがすごい?っていう話よ。」
2年間アメリカに住んでいる。普通の感覚であれば、当然英語は習得しているものだろう。現地で友人を作り、ホームパーティーを開いたり、友人宅に招かれたりもする。テキサスのギャングとも仲良くなった。しかしいつまで経っても英語は話せない。
綾部「『いつかジャンプしてたら月に届くのかな?』っていうぐらい、『いつかアメリカにいたら、英語しゃべれるようになるのかな?』っていうのと同じ感覚に陥っているのよ。今、俺。」
そんな綾部のズレは、「お笑いのセンス」にも表れる。序盤こそ快調にアメリカでの生活についてトークをしていた綾部だが、オチがうまく決まらない。苦し紛れに、エド・はるみのギャグを多用するなどの惨状に、さすがの綾部も弱音を吐く。
「センスが失われているんだろうね」
「色んなものが落ちてってるんだろうね」
「今日気付いたもん。俺落ちてるんだって」
2年間アメリカを「見ている」綾部のトークは、その2年間のブランクや、アメリカと日本との距離を感じさせるかのように、今も第一線を走るオードリーの2人とはズレ続ける。おそらく、今の状態で日本のバラエティ番組に戻れば、そのズレを見逃さないお笑いの猛者たちによって、もしくは「正常な」感覚を持った視聴者によって、質問攻めにされるか、糾弾されるか、何れにせよ綾部は完膚なきまでにイジられて消費されることだろう。コンビを活動休止してまで行ったアメリカでの彼の日常は、果たして世間一般に受け入れられるだろうか。
しかし、オードリーの2人は、泳がせるようにして綾部のトークを引き出し、幾つものズレを笑いに変える。決して彼らは常識を押し付けることはない。 若林は英語が話せない綾部に対し、「それ日本の人は疑問みたいよ?」と、あくまで世間の声として伝えるのみだ。英語が話せない、ただアメリカを「見たい」綾部を受け入れている。
若林「俺さ、綾部くんを知ってるからさ。『見たい』って言って行く人だなって分かってるけど。なんか、必要なんだろね。『◯◯のためにニューヨークに行ってきます!』みたいなね。」
綾部「『ブロードウェイに立ちます』とか。わからないけども。でも、今のところ見てるだけなんですよ。」
若林「でも見たいんだもんね?」
綾部「見たいんだもん。だって、しょうがないよ。何がしたいって、見たいんだもん。」
綾部「(春日は)いろいろ、なんかやってるんだろう? さっきも聞いたけどなんか……ウエイトリフティングとか、春日もやるじゃん。学校に入れるかとか。水泳とか。企画でそういうの、やるじゃん? 俺も一緒よ。自分でプロデューサー、ディレクターとして、日本でやってたコメディアンが取りあえず意味もなく、英語もしゃべれないでアメリカに行って、ハリウッドスターになれるのか?っていう企画を自分で今、やってる最中だから。」
若林「なるほど。そのカメラがないバージョンね。」
綾部「カメラがないのよ。」
春日「意味ないじゃねえか、そんなの。『カメラがないのよ』じゃないのよ。」
綾部「カメラがないのよ。なんで? なんで誰も追わないの? びっくりしたんだけど……。」
若林「いや、わかるでしょう? こんだけ日本で芸人をやっていたら?」
綾部「ないのよ。だから1人でやっちゃっているだけなのよ。」
番組中語られた数々のエピソードは、綾部にとっては本当のことなのであろう。嘘がないからこそ泣ける。嘘がないからこそ笑える。本当を受け入れてくれるオードリーの2人に対し、綾部も安心して宣言する。
綾部「たぶんね、オードリーの前だから言うけど、俺は相当スキル、落ちてるよ?」
哀愁すら漂う綾部のズレの告白が、僕にはなぜか美しく聞こえた。