For Tracy Hyde『New Young City』
For Tracy Hyde – “New Young City” | For Tracy Hyde
バンドがリリースを重ねる中で、最新作を最高傑作にするのは非常に難しい(たとえバンド側がそのように銘打ったとしても)*1。
とりわけ、For Tracy Hyde(以下FTH)が2017年にリリースした『he(r)art』は疑いようのない傑作であり、いくら夏bot氏*2が「New Young Cityはフォトハイの最高傑作」と叫ぼうと、あのアルバムを超えるものを2年で作るのは難しいのでは…と思っていた。
そんな心配は杞憂に終わった。FTHの『New Young City』は素晴らしいアルバムだ。FTHはもう素晴らしいアルバムしか作れないのかもしれない。
今作は前半と後半で雰囲気が少し異なっている。これを勝手にA面、B面と名付けることにする。
A面。長編映画のような前作『he(r)art』の重厚感を期待していたリスナーはやや驚いてしまうかもしれない。並ぶのは非常に爽やかな楽曲群。*3サイダーガール、Pelican Fanclubなどの正統派ロキノン系を思わせる疾走感に、重ねたギターでFTH色を加えた『繋ぐ日の青』から、後期Galileo Galileiのような高揚感を覚える『ハル、ヨル、メグル。』、恩田陸の同名青春小説を思わせる『麦の海に沈む』など、青春時代を想起させるテーマの曲が続く。日本語タイトルが増え、ポピュラリティの獲得もやぶさかでない。*4
しかし、決してセルアウトにだけ目を向けた作品ではないということは、イヤホン(もしくはヘッドフォン)を付けて再生ボタンを押した時にすぐわかるだろう。重厚なノイズギターはむしろ存在感を増している。この音像と甘酸っぱいポップネスを両立させたバンドが未だかつてあっただろうか。
大きな変化は、トリプルギターになったことと、ドラムに草稿氏を迎えたこと。ギターの本数が増えた影響もあり、シンセポップの色が濃かった前作から、完全にギター主体のサウンドとなり、打ち込みも減った。バンドがフィジカルを優先するモードに入っていることは、8月のワンマンライブでの『Just for a Night』のパフォーマンスからも伺える。原曲にないギターが足され、かなりアグレッシブな印象に変わった。
変化と言えば、ティーンエイジを思わせる眩しくてまっすぐな言葉が並ぶ歌詞が増えている。元々恋愛を主題に置いた歌詞が多かったFTHだが、ここまで直球のメッセージを投げてくるなんて、正直驚いた。
わたしは今日も生きていて、それだけで切なくなって、
晒せどもまだ冷めない微熱に身をゆだねるの。
わたしだけの痛みになってここにいて!
あなたとなら間違えてしまってもいいよ。『繋ぐ日の青』For Tracy Hyde
泣きじゃくる君に困らされて、ときめいてどうかしちゃった!
いまはただ君を笑わせる言葉が欲しい。『ハル、ヨル、メグル。』For Tracy Hyde
『Hope』『Grow With Me』を挟みライブで抜群の存在感を示しそうなMav氏作曲の『ライトリーク』から始まるB面は打って変わってややディープな雰囲気。前作『he(r)art』にも通ずる重厚さ。だからこそ、前作からの進化がわかりやすい。『Girl's Searchlight』の美しいコーラスワークに感動を覚える。
先にMVが公開された『櫻の園』はまさに彼らの代表曲となり得る。2019年で一番綺麗な歌い出し。
木漏れてプールめいた歩道に降る花の影にも似て、
希望は諦めを含むと知る君とのマーチ、静かに。
なんて詩を書くのだ、夏bot氏は。この曲の歌詞は全て写経したいくらいに好き。
重なりあって、
生まれ変わって、
無垢なままで愛しあって生きてゆける魔法なんてなくて、
それでも愛を、
暮らしの哀を、
港の藍を、
知らないそぶりなどできない。
はっきり言って名曲揃いだ。すべてリード曲としてMVが作られておかしくない。前奏からインディーロック好きを狙い撃ちにしてくる*5『麦の海に沈む果実』、90年代日本語ポップの匂いもする*6『ハッピーアイスクリーム』、FTHらしさ溢れるポップソング『君にして春を想う』、正統派シューゲイザーに敬意を払った『水と眠る』。参照元が分かればさらに深く愛せるだろうと、惜しげもなくSpotifyのプレイリストで影響を受けた音楽を公開するギークっぷりには感嘆させられてしまう。
(Spotifyで公開されているインスピレーション元のプレイリスト)
繰り返すが、バンドの最新作がいつも最高傑作になるとは限らない。はっきり言って幻想だ。しかし、FTHはそんな幻想を現実にして見せ続けてくれる。このアルバムを聴いて迎える春はどんなに心地好いだろうか。FTHの最高傑作を是非聴いてください。
*1:むしろ我々音楽好きは、「最高傑作です」「今までで一番良いです」とバンドマンがインタビューで答えるたびに、商業的な理由を見出したり、バンドの状態の悪さをむしろ勘ぐったりしまう
*2:For Tracy Hydeのソングライターであり、天才
*3:どちらかというとコンセプトは前々作の『Film Blue』に近く、ジャケ写も似ているのだが、聞き比べると演奏技術やeurekaのボーカルが格段に進化していることに驚く
*4:昔からFTHはポップで大衆性のある曲に日本語タイトルを付けてきたような気がする。
*5:というかモロthe pains of being pure at heartだ
*6:スピッツとかL⇔R、advantage Lucyみがある