柴田聡子の『後悔』にハマってからバッティングセンターに行きたくて仕方が無い
前髪をこんなにぶっ飛ばされて尚かわいい30代女性はそうそういない。
シンガーソングライター・柴田聡子さんが今年の5月にリリースした4枚目のアルバム『愛の休日』に収録されている『後悔』という曲のミュージックビデオ。先日放送されたテレビ朝日系「関ジャム完全燃SHOW」の「2017上半期ベストソング」企画でtofubeatsが3位で取り上げたことでますます話題になっています。
顔のドアップさ加減、ひいては彼女のビジュアル面に目が行きがちなこのミュージックビデオなんですけど、正直言って曲として超ヤバイ。ブログなのに言語化を放棄したいくらい全部ヤバイ。でもそれじゃあ伝わらないと思うので解説します。この曲をちゃんとイヤホンで聴いてください。
2分41秒に詰め込まれた構成の妙
この曲の長さは2分41秒。参考までに、2016年に大ヒットした星野源『恋』は4分13秒、RADWIMPS『前前前世 (movie ver.)』は4分45秒、欅坂46『サイレントマジョリティー』は4分25秒と、近年のJ-POPは4分台が主流です。比較すると『後悔』は非常に短いことが分かります。もちろん売れ線のJ-POPと比較すべきなのか?という点はありますが。
短い中でもAメロ→Bメロ→サビという構成がしっかり組み込まれていて、しかも流れが本当に美しい。tofubeatsは番組の中で
3分以内でここまでガツンとくる曲は最近少なかったので驚きました。
1分でAメロ・Bメロ・サビが一周するスッキリした楽曲ですが、
聴き味としてはAメロ・サビ・大サビと どんどん盛り上がっていくのが気持ちいいです。
とコメントしています。
シンプルにリズムを生む伊藤大地*1のドラムと細かく動くベースが曲のはじめから耳心地の良い雰囲気をつくっていて、そこにアクセントとして鳴る石橋英子*2の鍵盤とフルートもすごくバランスが良いのですが、なんといってもBメロのメロディと歌詞がかなり耳に残ります。
背すじを伸ばして準備する
気もちをおさえて準備する
みんなは気づいてないみたい
暗やみの中で踊りだす
音楽的に素人であり、楽器も弾けない自分なりに考察します。Bメロでは、1拍目と3拍目、いわゆる表拍を強調して跳ねるように歌っています。よくある歌い方なのですが、この曲ではドラムのスネアの音がひたすら2拍目と4拍目(裏拍)で強く鳴っていることをAメロから印象付けられているので、Bメロで急に存在感を増した表拍にドキッとさせられるのではないかなと思います。表拍に添えられたコーラスもまたその効果を増幅させています。
シンプルな曲こそこういう工夫が映えるなあと思っていて、わかりやすい例をあげるなら宇多田ヒカルの『Automatic』が近い作りではないでしょうか。前奏でR&Bのグルーブ感、裏拍が強調されていった中で、
「な」なかいめの「ベ」ルで
というように1拍目をこれでもかというくらいに強調し、印象深いAメロを作っています。
改めて聴き直したけれど超名曲だな…
『後悔』の話に戻ります。Aメロ→Bメロ→サビという流れによって一度盛り上がったムードをまったく殺さない2番のAメロの変なコーラス*3もまた、抜群に良いと思います。このコーラスは裏拍に施されていて、表拍に傾きかけた意識を引き戻す効果があります。手拍子によるリズムも少しずらされている。そして2番のBメロでは、1番に比べてリズム隊の演奏が派手になっています。0分27秒からの1番のBメロと、1分23秒からの2番のBメロを聴き比べてみて頂けると、違いがかなり分かると思います。シンプルな楽曲だったはずなのに!
そして最後の、サビから大サビへ。最高の盛り上がりを見せる演奏とは裏腹に、「a」の母音を多用した切なすぎる歌詞が響きます。この曲全体で多用されている「a」の音*4ですが、柴田さんの声で歌われる「a」には独特の切なさがあります。少し裏返っているように聞こえ、跳ね上がる感じ。表拍と裏拍、母音の置き所、演奏の強弱に至るまできっちり計算されているので、2分41秒ながらも中身のぎっしり詰まったポップソングになっています。
柴田聡子の本気が垣間見える歌唱の変化
既に4枚のアルバムを世に出している柴田聡子ですが、BARKSのインタビューで
こんなことを言ったら今までの作品に申し訳ないけど、やっとスタートラインに立てた感じがします
と語っています。なぜ彼女はそう思ったのか。意識の変化が生まれる過程が詳しく書かれている部分を引用します。
今までは、私が自分に自信を持って音楽活動をしていたというよりは、ただ曲を作って、聴いてくれている人がいて、褒めてくれる人がいて、協力してくれる人がいて……そういうことだけで動いてきたような気がするんです。(中略)でも、去年の夏、詩集(『さばーく』)を出した後ぐらいに、何かすごくぼーっとしちゃったんです。「もういい曲なんて作れないかも」って思ったり、鬱々としちゃって。ライブをやっても、誰も楽しんでいないんじゃないかって思ったり……。
そのときに急に気づいたんですよね。「いやいや、音楽って、伝わらないとダメだ!」って。「もっと主体性を持たないとマズいな」って思ったし、「次は、今までとは全然違うアルバムを作らなきゃ」っていう感覚が湧いてきたんです。
音楽活動をする意義を見つめ直し、「音楽って、伝わらないとダメだ!」という意識を強く持ち制作されたという今回のアルバム。OTOTOYのインタビューでは、「歌うこと」についてかなりの変化があったことがわかります。
今回は「曲を伝えねば!」っていう気持ちが全体を通してすごくあったんです。伝えないと意味ないと思っちゃったし、伝えるには!! ってなったときにたどり着いたのが真顔で。エモに負けてちゃダメだ!! って思った。もちろんエモがある前提だけど、エモを1番大爆発させるのは真顔だと思ったんです。なので、「真顔」っていう紙をレコーディングマイクの前に貼って録音していました。
伊藤大地さんとか石橋英子さんとやった「後悔」や「あなたはあなた」は真顔だけでもいけないなと感じるようになって。そこからは、息の吸い方をエモく、吐き方をエモくって感じで歌うようにしました。
このことはセルフライナーノーツでも書かれています。
「真顔」っていうのがそれだけでは物足りなく感じられて、
もっとむきだしでいきたい、
でもむきだしているばかりじゃなんか伝わらないので、
できるかぎり具体的にいきたい。
ということで「ちゃんと目を開ける」ということにした。
目から声が出てるイメージで、
私は目で歌う、私には目しかないと、言い聞かせて、
できる限りの刮目しながら、終始上を向いて歌った。
これまでの柴田聡子は、どちらかというと「自然に」歌っている印象がありました。「エモさ」「刮目」というキーワードとは少し遠いところに歌があるような。
息を大きく吸い、吐き出し、目を開き、真顔で歌われた『後悔』からは彼女の決意を感じます。自然な振る舞いでありつつ若干のシニカルさも含まれる部分が柴田聡子の魅力だと思っていたのですが、こんな一面もあるのか、とハッとさせられました。けれども、すこしも重くならずに、さらっと聞けてしまうのがすごい。
詞のシチュエーションだけで恋ができる
最後はもう個人的な妄想の話です。この曲の歌詞、抜群なんです。
明るい曲に聴こえるけれど、題名は『後悔』です。先述のセルフライナーノーツでも「出自がうじうじしている」と本人が認めています。その出自は現在のところ語られていません。歌詞を深く分析すればするほど、彼女の個人的な体験に基づくものであるように思えます。そのシチュエーションに入り込みたいと思うほど、描かれている風景が素敵でたまらないのです。
特に好きなのは2番のサビの部分。
ああ、バッティングセンターで
スウィング見て以来
実は抱きしめたくなってた
2017年イチのパンチラインだと思います。柴田聡子さん、僕とバッティングセンターへデートに行きましょう。絶対です。
誰が何と言おうと柴田聡子はかわいい
ということがこのミュージックビデオで証明されたと思っています。精神的にかわいい。風に前髪をどんなに吹き飛ばされそうとも健気に歌う姿、車から足を出す行儀の悪さ、リズムの取り方。どれも良い。今年で31歳になる女性にかわいいと言っていいものか。しかし他に言い表す言葉が無いのだからしかたない。今年に入り、平地でジャンプして膝にひびが入ってしまった、というのも最高なエピソードです。
初期作品にあったような、毒や冷たさを内包しつつ、時に驚くべき飛躍を見せる詩のすばらしさを失うことなく、(決して芸術の妨げにならない)普遍性も獲得した彼女。この作品でさらに多くの支持を得たと思いますが、次の作品ではどういうモードを見せてくれるのか本当に楽しみです。
柴田聡子 / SHIBATA SATOKO | 柴田聡子オフィシャルウエブサイト