銘々と実損

書かなくていい、そんなこと。

2月17日―僕と貴史と千華と悪戯―

「という流れで、千華はお前に水餃子と言ってチョコを渡した。あ、これは推理じゃないぞ、事実だからな」

貴史はさも満足げな顔をして、事の顛末を話し終えると、乗っていたブランコから飛び降りた。千華さんは少し恥ずかしそうな顔をしながらブランコの柵に座っている。

「とにかく、私は賢人君のことが好きなの」

今日は職員会議で部活が休みだったので、クラスメイト達は近所のイオンに遊びに行ったり、ゲームセンターで音ゲーをしたり、駅前でプリクラを撮ったりするために、とにかく日が暮れるまでの時間を1秒も無駄にしたくないという表情で、掃除が終わると急いで家に帰っていった。僕らは制服のまま、通学路の真ん中にある公園に来て、鞄をベンチに置いて、ただ時間が流れていくのに任せて話をしている。

「これってさ、告白ってことでいいのかな」

僕は今まで女の子と付き合ったことが無い。告白されたことも、したこともない。クラスの誰かと誰かがキスをしただの、遊園地にデートをしにいっただの、別れただの、またくっついただの、そのようなことを、放課後に4階の教室から校庭を見るみたいに、喧騒の外からぼんやりと眺める側の人間だった。

だけどあの日から、僕はずっと千華さんのことを考えている。急に教室から準備運動も無く校庭に飛び出して、何をしたらいいかわからないまま3日が過ぎた。この期間、千華さんとは話すことはなかった。そして今初めて、僕は千華さんと会話をしている。

「まあ、告白って言えば告白だよね」

千華さんは笑みを浮かべている。あれ、これでいいんだよな。馬鹿にしていた、有り得ないと思っていた「バレンタインデーの愛の告白」を受けたのだ。忘れかけていたロマンチックへの切符を手にした。だけどなんだろう、この違和感は。この切符の真の行先はどこなんだろう。貴史も千華さんもニヤニヤと笑っている。僕だけが戸惑っていて、仲間外れにされているみたいだ。

貴史はいつの間にか柵のほうにいて、綱渡りの要領で柵の上を渡ろうとしている。だけど上手くバランスを取ることが出来ない。それでも貴史は笑っている。

「驚いたでしょ、私が賢人君のことが好きってこと」

「うん、話したことなかったし…それに今時バレンタインで告白するんだね」

「よかった、その困ったような顔が見れて、すごく嬉しい」

「それで…これからはどうするつもりなの?」

と僕が千華さんに聞きかけたところで、綱渡りを諦めた貴史が口を挟んできた。

「そういえば、もう一つお前に報告がある」

「なんだよ」

「俺と千華は付き合うことになった」

「えっ、どういうこと!?」

僕の反応を見て、千華さんは吹き出しながら貴史と顔を見合わせた。「ほら、金魚みたいでしょ」「確かに言われればそうだな」と2人だけで喋っている。僕は到底受け入れることは出来なかった、だって千華さんが好きなのは僕で、チョコを貰ったのも僕で、その、つまり、どういうことなんだ?

「私、賢人君を困らせるのが大好きなの」

「ほう」

「それでね、貴史は悪戯を考えるのが得意でしょ」

「うん」

「だからこれからも2人でどんどん悪戯をするから、よろしくね」

僕は酷く困惑している。目の前の2人が何を言っているか全く理解出来ない。

「やっぱり2段階に分けて驚かすのはレベルが高いな。えっ!?好きなの!?えっ?!そこの2人が付き合うの?!ってなる」

「面白いね、ねえそう思わない水餃子君」

「そのあだ名で呼ぶな!絶対嫌だ!」

 

(終)