銘々と実損

書かなくていい、そんなこと。

朝ドラ俳優・ 古舘佑太郎による挫折からの復讐劇 新バンド・2(ツー)

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古舘佑太郎。26歳。父はあの古舘伊知郎だ。俳優として、有村架純主演・朝の連続テレビ小説ひよっこ柏木ヤスハル役で一気に知名度を上げた。映画『ナラタージュ』にも出演し、来年には初主演映画の公開も控える。

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NHK朝の連続テレビ小説ひよっこ』で演じた柏木ヤスハルではいじられキャラとして、登場しない回でもTwitterのトレンド入りするなど人気に

こう書くと、単なる「2世俳優」のように思われるかもしれない。しかし彼の本業はミュージシャンなのだ。高校時代に慶応義塾高等学校の同級生とThe SALOVERS(ザ・サラバーズ)を結成し、古館はボーカルを担当。10代限定夏フェス「閃光ライオット2009」で審査員特別賞を受賞し、10代で華々しくメジャーデビューまで果たしている。

残念ながら2015年にThe SALOVERSは無期限の活動休止を宣言した。そんな古舘佑太郎が今年、新たなバンドを結成し、アルバム『VIRGIN』をリリース。バンドの名前は、2(ツー)。アルバムの1曲目『ANTHEM SONG』で彼はこう歌い叫ぶ。

新たに始まるストーリー 原作はなくて

俺らオリジナルで進む 己への復讐劇

己への復讐を標榜する古舘。このアルバムは、並々ならぬ決意とエネルギーが詰め込まれた傑作だ。

サカナクション・山口一郎氏の言葉で俳優に

The SALOVERSの活動休止後、古舘はソロ歌手として2枚のCDをリリースしつつ、俳優業に進出。俳優に本格的に挑戦したきっかけはサカナクションの山口一郎からの言葉だったという。

対談:古舘佑太郎「新たなバンド“2”結成」〈前半〉 | 未来の鍵を握る学校 SCHOOL OF LOCK! サカナLOCKS!

古舘「いや……僕、初めて一郎さんに会った時に、役者を何もしていない時なんですよ。」
山口「あれ?やってなかったっけ?」
古舘「やってないです。」
山口「オーディションに行ったって言ってたような……」
古舘「そうです。その時に、ちょっとそういうことにチャレンジしてみたいなって頃で、一郎さんに会ったら一郎さんにまず役者をやってみたら言われて、結構びっくりして……背中を押してもらったというか……」

 山口に背中を押され、様々な作品のオーディションに挑戦。2017年には『ひよっこ』『ナラタージュ』『笠置ROCK』などに出演し、一気に注目の若手俳優に上り詰めている。

失った音楽への情熱と、バンドに対するトラウマ

しかし、順調に俳優としてのキャリアを重ねられたわけではない。俳優業が本格化する前は、昼間からお酒を飲む、アメリカや沖縄に行く、伊豆で断食道場に挑戦する、もつ焼き屋になるための修行を積む、など荒れた生活を送っていたという。そして何より、本業である音楽への情熱を失っていた。2015年、初のソロアルバムリリース時のインタビューで彼はこう語っている。

自分のなかで音楽活動は戦場みたいな感覚があって。いろんなミュージシャンの方々が戦ってる世界。そこにSALOVERSは早い段階で入っちゃって、いろいろ試行錯誤しながら傷だらけになって戦場から離脱したんですよね。SALOVERSが無限期限の活動休止になって、僕も戦場からかなり遠い場所に行った。3月、4月、5月までは。そのときは二度と戦場には戻りたくないって正直思っていて。

 古舘佑太郎『CHIC HACK』インタビューneol.jp | neol.jp

早くから「戦場」に身を置いた彼は、傷つき、消耗し、再起不能な状態に陥った。見かねたマネージャーに尻を叩かれ、本人曰く「リハビリに近い感覚」でソロアルバムを作ることになる。この時、古舘は「もうバンドを組むつもりはない」と宣言していた。

はい、バンドは組まないと思います。きれいごとっぽいですけど、ソロをやる理由が自分のなかではっきりした部分があって。なんで自分は音楽を続けるんだろうって考えたときに、やっぱりいつかどこかでもう一度、1曲でもいいからSALOVERSの4人で演奏をしたいなって思っちゃったんです。それはもう、1曲でもいいんです。

The SALOVERSは幼馴染みで結成されたバンドだ。高校生の頃から4人で夢を見て、メジャーデビューして、戦場で悪戦苦闘した、古舘にとって本当に大事な居場所だった。その夢を終わらせてしまったことによって、古舘は大きなトラウマや罪悪感を抱えてしまった。音楽すら辞めたいと思った。 

いつか1曲だけでもあの4人で音楽を鳴らしたいと思う。それは僕が音楽を辞めちゃったら一生叶わないじゃないですか。他のメンバーの性格的にもあいつらとの関係的にも、どうしたら夢の続きを見せられるんだろうって考えたときに、僕がソロでデッカいステージに立てるようになって、アンコールであいつらを呼んで1曲でもやれたらもう辞めてもいいかなと思ったんです。

ソロで成功し、いつかもう一度The SALOVERSの音楽を鳴らす。彼は決意を新たにし、ソロアルバムの制作に取り掛かった。 

再びバンドを組むきっかけとなった盟友の存在

古舘のソロアルバムでギターを弾くことになったのが、Pスケこと加藤綾太だ。加藤はポニーテールスクライムというバンドで活動しており、10代の頃に学芸大メイプルハウスというライブハウスで出会った盟友だった。

ポニーテールスクライムの代表曲『オリオン』は、ギターのリフが特徴的な一曲だ。加藤はギターの技術が評価され、のちに銀杏ボーイズのサポートギターとしても活動することになる。

しかしポニーテールスクライムも、2016年に活動休止となってしまう。その後行われた古舘の2枚目のソロアルバム『BETTER』のリリースツアー中に、古舘と加藤は新たなバンドを結成することを決めた。「一生やらない」と思っていたバンドだったが、盟友との再会を経て、2枚のソロアルバムを出し、再び「戦場」へと舞い戻る覚悟を得た。

一度バンドを諦めた者たちのセカンドストーリー

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彼らの新たなバンドの名は2(ツー)。とても短く、検索しにくい名前だ。その由来を古舘はこう語る。

映画でいうと俺らの1は前のバンドで終わっているよねって。じゃあ、もう1回バンドを組む時は2。セカンドストーリーだよねって話になって、じゃあ"2"だってことになったんです。

そんな彼らによる公式のプロフィールが本当に素晴らしい。

古舘佑太郎と加藤綾太を中心に2017年結成。

双方とも所属していたバンドを無期限活動休止していたが、「バンドで音を鳴らしたい」という欲求が抑えられず、結成に至る。

結成の為にyuccoを北海道から無理矢理招集

結成の為に赤坂真之介を就職先から無理矢理招集

北海道から、就職先から、メンバーを無理矢理招集したくなるほど、古舘はバンドに飢えていた。yuccoは北海道で瞑想し、帰する。というバンドに加入していたが2015年に解散。赤坂真之介は加藤と同じくポニーテールスクライムに所属していた。全員が自身のバンドを一度諦めた。2は彼らによるセカンドストーリーであり、己への復讐劇なのである。

圧倒的な衝動とさすがの技術

アルバムのリード曲『ケプラー』をまず聴いて欲しい。

全く地球とおんなじの惑星がそう遠くない

宇宙の彼方には7個も見つかったらしいと聞きました

何億、何兆と輝く銀河のどっかの星で運命の恋人よ

ケプラー、グリーゼ、だけど今は目の前にいる君に恋してる

曲が始まってからサビが終わるまで、たったの40秒弱。古舘の詞の美しさを残しつつ、極限まで削ぎ落とされた構成が見事だ。ここで言うケプラーとグリーゼは地球によく似た性質を持つとされる太陽系外惑星のことである。遠い宇宙の彼方には、もしかしたら運命の恋人がいるかもしれない。非常にスケールが大きくロマンチックな話だ。しかし古舘は歌い切るのだ。「だけど今は目の前にいる君に恋してる」と。広大な宇宙から一気に目の前の君へ。

このバンドの持つパワーはこの一曲だけでも十分に伝わってくる。4人の溢れんばかりの衝動を完璧に収めたフカツマサカズ監督作のMVも見ていて気持ちが良い。しかし、初期衝動だけでは決して無い。既にバンド歴の長い4人だからこそ、デビュー作らしからぬ確かな技術を持ち合わせている。 

父・古館伊知郎について歌う

『Family』で歌われるのは文字通り古館佑太郎の家族についてである。ここでいう父は古舘伊知郎なのだが、「My father was a scary man(父は怖い人だった)」と正直に白状するのがなんだか面白い。

2では古舘は作詞に専念し、加藤が作曲を担当。これが2というバンドがオリジナリティを獲得する一因になっている。加藤の作るメロディーは良い意味でベタだ。このポップさにより、古舘の声の良さが生きてくる。

歌詞についても大きな変化があった。

どんどん背伸びはしなくなってる気がします。自分を大きく見せたいとか、自分じゃないものに虚勢を張ったりとか、そういうのをどんどんしなくなって。

さぁ、やつらの復讐劇のはじまりだ! ──エピソード「2」の幕開けを告げる『VIRGIN』を配信開始! - OTOTOY

先のサカナクション・山口一郎との対談でも「昔の自分なら絶対に書けない歌詞」と語った『Family』を聴けば、The SALOVERS時代とは違う音楽を作ろうとしていることが窺える。背伸びをせず、古舘佑太郎そのものを描いた歌詞。彼にとってやはり父・古舘伊知郎の存在は大きかったのだろう。『ケプラー』の歌詞でも父とのエピソードが登場する。

幼い頃に田舎町で父親におんぶされて

見上げた夜空がすごすぎて怖くなったのを覚えています

こういう細かいエピソードの描写がなんだか泣ける。父が誰であるか知っているからか、よりリアルに響いてくる。とはいえ、古舘伊知郎が幼い古舘佑太郎をおんぶするところを想像すると、やはりちょっと面白い。

挫折を乗り越えて新たなステージへ

アルバム『VIRGIN』はキラーチューン揃いだ。収録曲のほとんどが3分以内と短く、12曲で33分ほど。最後の『How many people did you say "GoodBye"』を聴き終わったあとには、すぐまた1曲目の『ANTHEM SONG』に戻って繰り返し聴きたくなる。7曲目に収録されたアルバムタイトルと同名の『VIRGIN』という曲では、処女作が傑作とされ、2作目、3作目が期待外れに終わってしまうことに対し、「いつだって傑作はバージン」と歌いながらも、今度こそ2で傑作を生み出そうとする決意が込められた、このアルバムの核となる一曲だ。

解散・活動休止したバンドのメンバーは新たなバンドを結成しても「前の方が好きだった」「なんか変わった」と言われ、前のバンドのファンが離れてしまうことが少なくない。古舘も少なからずThe SALOVERSの幻影は付きまとい、比較されてしまう。しかし、2には明らかに過去を超えていくポテンシャルがある。このアルバムを聴けば、多くの人はそう思うことだろう。

挫折を経験した人間が再起を図る逆襲のセカンドストーリー。奇しくも彼の父である古舘伊知郎は、12年司会を務めた報道ステーションの最後の挨拶にて、

死んでまた再生します

という言葉を残した。息子である古舘佑太郎もまた、『ANTHEM SONG』で歌うように、何度でも立ち上がり、ピリオドの先で音楽を鳴らし続けていく。

Apple Musicなど各種音楽配信サービスで聴けます

2「VIRGIN」を Apple Music で

VIRGIN by 2 on Spotify

参考文献

さぁ、やつらの復讐劇のはじまりだ! ──エピソード「2」の幕開けを告げる『VIRGIN』を配信開始! - OTOTOY

『ひよっこ』でブレイク中の古舘佑太郎が「2」という新バンドを始動させた衝動は何だったのか。 | 【es】エンタメステーション

対談:古舘佑太郎「新たなバンド“2”結成」〈前半〉 | 未来の鍵を握る学校 SCHOOL OF LOCK! サカナLOCKS!

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