読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

銘々と実損

書かなくていい、そんなこと。

工藤玲音『冬のメリーゴーランド』

f:id:arsm12sh:20170421163504j:plain

工藤玲音『冬のメリーゴーランド』は、今年の4月に光文社文庫から発売されたショートショートの宝箱:短くて不思議な30の物語』というオムニバスの文庫オリジナル本に収録されている。 プロアマを問わない作家が書いた5分以内で読めるショートショート作品が30も収録されていて、文庫本のため価格も580円+税と安い。

ショートショートの宝箱: 短くて不思議な30の物語 (光文社文庫)

ショートショートの宝箱: 短くて不思議な30の物語 (光文社文庫)

 

f:id:arsm12sh:20170421163455j:plain

 『冬のメリーゴーランド』

物語の主人公は24歳のOL。深夜の誰もいない遊園地に迷い込み、なぜかメリーゴーランドに乗っている。

それにしても、メリーゴーランドってこんなに遅くて退屈だっけ。

きらびやかな装飾と華やかな音楽。メリーゴーランドに夢を見て、喜んで乗っていた女の子も、いつしか大人になり、「社会人」というわけのわからない存在として現実に取り込まれ、子供の頃の夢さえも忘れてしまう。退屈に感じるのはメリーゴーランドだけではない。過ぎ行く毎日もまた退屈だ。

小さい頃は何か夢を持っていたような気がするけれど、もう思い出せない。それに、結局わたしたちは夢から覚めた場所で生活をする。(中略)ああ、また。誰にも責められていないのに、たまにこうやって自分を納得させようとしてしまう。

夢から覚めた場所、すなわち現実で息をするわたしたちは、明らかに夢の中の空間であるメリーゴーランドの楽しみ方をもう思い出せない。中心にある大きな鏡に映るのはくたびれた自分の姿だ。

その鏡に突然、ちいさな女の子が映り込む。鏡越しでないと見えない女の子は「四歳のわたし」だった。「いまメリーゴーランドに乗っていることが世界一しあわせであるような顔」をした女の子が、今の私に話しかけてくる。女の子の言葉によって、わたしは子供の頃の夢や今いる場所を思い出していく。

甘すぎず、切なすぎず のバランス

東北地方の遊園地は総じて冬季に長い休業をしてしまうから、長いこと僕は冬の遊園地に行ったことがなかった。少し前、はじめて冬の夜に遊園地へ足を運んだ。東京ドームに隣接したそこは、昼間の喧騒とは打って変わって、とても静かで、寂しそうで、けれどとても愛おしい場所だと思った。あの甘さと切なさが入り混じった空気が、『冬のメリーゴーランド』の物語の中にしっかりとある。

大人になった自分がどこかわからない空間で幼少期の自分と出会い、忘れかけていたものを思い出す、という展開に目新しさはないだろう。だからこそ、題材の良さが際立つ。ショートショートというジャンルにとって重要とされるオチも綺麗に決まっている。

作者の工藤玲音は1994年生まれ。まさにこの春、大学生から社会人になる世代であり、「大人」という概念に飲み込まれる最中にいる。夢のような物語でありながら、作中で心を掴まれたのはむしろ現実の描写だった。甘くなり過ぎず、でも読み終わったあとにはすこしだけ幸せに近づいたような気持ちになれる。同世代には特に読んでもらいたい作品だ。

 

広告を非表示にする