読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

銘々と実損

書かなくていい、そんなこと。

桃八郎

銘々

昔昔あるところにおじいさんとおばあさんがいて、川から流れてきた桃の中に入っていた男の子が立派に成長し鬼を征伐した、という話はあまりにも有名です。

しかしその後もたびたび川上から男の子入りの桃が流れてきて、村の人々もそろそろ飽きてきていましたし、鬼ヶ島は桃太郎の活躍によって平和な島となり、その後に桃三郎らの尽力によって観光地化されてしまったため、桃六郎あたりになるとすっかり自分の役割が残っていない、という事態になりました。

桃次郎は先人の偉大な功績と常に比較され苦しみ、数年前に命を絶ってしまいました。辛うじて桃四郎はきびだんご店のチェーン化に貢献し実益を上げ、桃五郎は犬や猿やキジなどを調教し取引することを生業にしていました。それらは全て鬼ヶ島にあった財を元手に桃太郎が始めた桃太郎ホールディングスの子会社となり、2代目の桃三郎CEOの下で組織は巨大化していきました。桃太郎は名誉会長に就任しました。

一方で、一度は起業したものの失敗した桃六郎はきびだんご屋鬼ヶ島店の雇われ店長として過労死寸前まで働かされており、それを見た桃七郎は桃四郎の下で働くことを決意し、日夜きびだんごの宅配サービスで各地を飛び回っておりました。

 

そんな中、おじいさんが家で留守番をし(柴刈りは桃七郎の役目になっていました)、おばあさんがきびだんご工場にて指揮を執っていると(この頃になるときびだんご屋は全国に24店舗をオープンさせており、おばあさんは本社が併設された工場で日15000個のきびだんごを生産していました)、川上から桃が流れてきたことを知らせる自動警報装置が作動しました。これは桃三郎が考案したものです。桃を拾うのは変わらずおばあさんの役目でしたので、作業を部下に任せて川の中に設置された桃取り網に引っ掛かった桃を回収しに行きました。

桃は川上から「えんだばだでぃ、えんだばだでぃ」と流れていきました。皆さんは桃が流れる効果音として「どんぶらこ、どんぶらこ」がお馴染みだと思われますが、これは桃ごとに異なっていて、8回目となるとさすがにネタ切れ感が否めないものになっておりました。ちなみに、桃四郎は「びどえんぶ、しのうりかっち、すらもろこす」というように、流れ方によって音を変えた初めての桃として知られています。

 

桃を拾ったおばあさんは家に帰ると、おじいさんに相談しました。

「おじいさんや、これ以上うちに子どもが増えてしまったらどうしよう。大事な食糧や資源が無くなってしまうかもしれないよ」

「しかし、桃を切らない訳にもいかないじゃろう。ここで桃を捨ててしまっても、良いことが起こらないことはおばあさんもわかっていることじゃ」

 

実は、桃六郎と桃七郎の間には、幻の男の子―ここでは「桃六と二分の一郎」としましょう―が存在していたのであります。桃六と二分の一郎は、産まれてくる前におばあさんの手によって川下に捨てられてしまいました。ちょうどその時に桃六郎が事業に失敗し借金を抱えたのを見て、これ以上桃を拾い続けてはいけない、と思ったからでした。しかしその後、きびだんごに異物が混入していることが発覚し、鬼ヶ島内の遊園地でジェットコースターの脱線事故が起こるなど、桃太郎ホールディングスのグループ会社全体に災厄が降りかかりました。

そんな時にまた新しい桃が川上から流れてきて、桃七郎が生まれました。彼は非常に真面目な性格であり、一族の不幸も少しずつ収まりました。

 

とはいえ、次の男の子が変わらず良い子であるという保証はどこにもありませんでした。おじいさんとおばあさんは日夜、次の桃に怯え、苦しむ生活をもう何年も送っていました。ある時は桃のお化けに追い回される夢を見ました。またある時は、桃七千八百二十五郎と桃九万五百三十七郎が男同士で付き合っている夢を見ました。もう桃なんか見たくないと思いつつ、しかしわたしたちの今の豊かな暮らしがあるのもまた、桃のお陰なのだと思うと、どうにもやりきれない気持ちになりました。

 

そしてその時は遂に来てしまったのです。おばあさんが包丁で桃を切ると、中からは過去七度見た光景が広がりました。当然桃八郎と名付けました。

桃八郎はすくすくと成長し、やがてこう言いました。

「おじいさん、おばあさん。僕たちの宿命はなんとなくわかったよ。僕、川上に行って出生の秘密を調べてくる」

 

おばあさんからお得なきびだんご24個セットを受け取り、川上に向かって歩いていると、犬に出会いました。

「君、何番目?」

8番目。桃八郎って言うんだ」

「へえ。随分と苦労してそうだな」

「確かに。だけどそれも僕で終わりさ。川上に行って桃の出どころを突き止めに行くんだ」

「それは面白い。お供しようか」

「いや。これは僕たち一族の戦いだ。君たちを巻き込む訳にはいかない」

 

4月、まだ雪が残る山奥の険しい坂を登ったその先に、少し大きめの池があって、そこから川は流れておりました。池のほとりに小さな小屋があるのを桃八郎は見つけました。

桃八郎は意を決してその小屋に近付いていきました。小さな窓からのぞき込むと、中に一人の人間がいました。

「あの人が何かを知っているに違いない」

桃八郎は確信して、扉をノックしました。すると中から、数年前に死んだはずの桃次郎が出てきたではありませんか。

 

「桃次郎兄さん!どうしてここに!」

桃次郎は、桃を手に抱えながら言いました。

「そうだよなあ、死んだはずの俺が生きているなんて、おかしいよなあ。でも、死んでいなかったんだよ、俺はずっとこの小屋の中で生きてきたんだ、そしてお前を生んだのも、この俺だ」

「ど、どういうことですか!」桃八郎はすっかり動揺してしまいました。

 

「俺は正真正銘の桃から生まれた人間だ。凄いだろう?なんせ桃から生まれたんだ。こんなに摩訶不思議で特別なことは無い。だがな、もう既にいたんだよ、俺より先に桃から生まれてきた選ばれし人間が。それが桃太郎だった。しかもあいつは俺よりも才能に溢れていた、容姿端麗で長身、気遣いが出来て女子供や動物にも優しい。そして武道にも優れ勇敢な男だ。だからあいつは鬼ヶ島へ行き、鬼を征伐した。それだけでない。手にした財を社会に還元するために企業を作り村のさらなる発展と平和に寄与している。ところが俺は!桃から出生したということ以外は!平凡で臆病で何も出来ないただの人間だったんだ!もし俺が一番目に桃から生まれていたら、村の人々は納得したかもしれない、ああ、出オチか、ってね。だが桃太郎がいる以上、桃から生まれたということはまるで能力者の証として扱われる!そして俺には何の能力もない!お前は桃太郎のパクリだ、二番煎じだ、売名行為だ、桃から生まれたのは嘘偽りだと何度も罵られたよ!でも、俺は正真正銘桃から生まれた桃次郎だったんだ。だからある日俺は思い付いた。桃から生まれた人間の数が増えれば、相対的に俺の凡庸さも薄まるのではないか、と。桃から生まれたのが特別なのではなく、桃太郎が特別なんだ、決して桃次郎は落ちこぼれでは無かったと証明するために俺は、シュークリームにカスタードを詰めるように、桃に子供を入れ続けたよ、だけど生まれてきた桃三郎も桃四朗も桃五郎もみんな成功しやがる。誰も落ちこぼれやしてくれない。桃次郎が、そう、この俺が、単なる落ちこぼれだったんだよ!」

 

桃八郎は桃次郎を強く抱き締めました。桃次郎が手にしていた桃の中には、桃九郎と名付けられるであろう男の子が眠っていました。その後桃八郎は村から姿を消しました。そして今、村には桃から生まれた人間が1億人規模で生活をしています。君も桃から生まれたんだよ。だって凡庸な生命体でしょ?めでたしめでたし。

 

広告を非表示にする